声楽家が所属し、オペラ活動も行う二期会に自ら参加し、歌い手としての活動も行っている管井先生だが、そこに「ボーカルトレーナー」という仕事が加わったのは26歳の頃のことだ。大きな転機となったのがモーニング娘。の第5期メンバーへの歌唱指導だ。
その当時のテレビ番組を見た人たちの感想が多くの Web ページで掲載されている。「テレビとインターネットって怖いですよね(笑)。僕の場合は『怒っている』という姿が視聴者のイメージに強く残っている。番組はまったくヤラセ的な部分がなくて、候補者も自分達講師も、2日という限られた時間の中で最大限の可能性を引き出さなければ、という意識で一杯だったんです」
当時、管井先生は別の番組でボーカルトレーニングの講師として出演したことがあった。たまたまそれを見たことのあるディレクターが「モーニング娘。のボーカルトレーニングを担当してほしい」と声をかけたのだと言う。クラシックの世界では「芸能界」に足を踏み入れることを良く思わない人々も多い。管井氏も当時は同じような認識があり、誘いに対して悩んだのだという。
「その当時の自分としては芸能界へ入りたくないという反面、このままクラシック界という特定の世界にいると、歌への感覚が固執してしまうのではないか、とあれこれ考えましたね。それでも、もしかしたらこの機会が自分の成長につながるのではないかと考え、挑戦することにしました。当初は1回だけの仕事だと考えていたんですが、つんくさんから『ハロープロジェクトのボイスのディレクトを引き続きお願いしたい』とオファーがありました。そのときに自分はボーカルトレーナーなんだという意識が生まれたんです」
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